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ぼくのりりっくのぼうよみ|SNSの炎上も含めて作品。「ぼくりり」を辞める3つの理由

ぼくのりりっくのぼうよみ|SNSの炎上も含めて作品。「ぼくりり」を辞める3つの理由

2018年9月にTV番組内で音楽活動の終了を発表し、大きな話題を呼んだアーティスト・ぼくのりりっくのぼうよみ。

「突然ですが、2019年1月をもちまして、ぼくのりりっくのぼうよみはぼくのりりっくのぼうよみを辞職いたします。」

デビューしてわずか3年で、なぜ突然引退するのか。そして、引退表明後のSNSにおける過激な言動の真意とは。アーティストを辞めるにあたって不安はなかったのか。

2019年1月29日にラストライブ「葬式」での終幕を迎える前の「ぼくりり」にお話を伺いました。

理由1:「ぼくのりりっくのぼうよみ」を美しく完結させたかった

ぼくのりりっくのぼうよみ

――今回の活動終了を表す言葉として、「辞職」、「天才を辞める」、「アーティスト引退」、「没落」など、さまざまな言葉が飛び交っていますが、本人として一番しっくりくる表現は何でしょうか?

ぼくりりさん

先日リリースした最後のアルバム『没落』のタイトルにもあるように、「没落しよう」というモチベーションが一番大きいかもしれないですね。なので、しっくりくるのは「没落」ですかね。

ぼくりりを辞める理由は3つあるんですけど、まず前提に「音楽家として『没落』というアルバムを日の当たるところに置いてあげたかった」というのがあります。音楽って、どうしてもそれを発する人の人柄と結びつけて聴いてしまう部分があるじゃないですか。だから『没落』というアルバムにふさわしい自分になりたかったんです。

――「没落」というテーマに惹かれた理由は?

ぼくりりさん

僕はニーチェがめっちゃ好きなんですけど、彼の『ツァラトゥストラはかく語りき』という作品で、ツァラトゥストラという賢者が「超人になりたい」としきりに言っているんです。「人間は猿から進化して最上の存在になったと思っているけど、あくまで過程でしかない。超人にならなくてはならない」と。そして「超人になるためには没落することが必要である」と言っているので、僕もそれをやってみようかなって思ったんです。

没落してみるにあたり、まず「人間=人と人との間に生じる関係性=社会的存在」と定義して、そこから解き放たれることが超人になるということなのかなと考えました。つまり、社会を認識しつつも無視できる、社会とは関係のない存在になるということですね。

――なるほど、没落することで超人になる、と。作品のためにそこまで考えるんですね。

ぼくりりさん

そうですね。そして、曲やアルバムやライブといった音楽だけが作品なのではなく、インスタグラムやTwitterなども総括して「ぼくのりりっくのぼうよみ」というトータルな作品にしたかったんです。

映画、音楽、小説などいろんなフォーマットの表現がありますが、新しい別のものを提唱したかった。つまり、ぼくりりを辞める1つ目の理由は、「ぼくのりりっくのぼうよみ」というアーティストとして「美しく完結させたかった」というものです。

ぼくりり自体をひとつの漫画や映画のように捉えると、このタイミングで『没落』というアルバムをリリースして、きちんと終わらせる作業をすることに非常に意味があると感じました。

理由2:ぼくのりりっくのぼうよみと自分自身を切り離さなければいけないと思った

ぼくのりりっくのぼうよみ

――では、ぼくりりを辞める2つ目の理由とは?

ぼくりりさん

2つ目は、ぼくのりりっくのぼうよみの「中の人」として、「ぼくりりを始めるときに『柱』を埋めるのを忘れちゃった」というものです。

でっかい高層ビルを建てるときって、地中に太い杭を深く埋め込むものじゃないですか。でも、そういう「ぼくりりとしてこうなりたい」「ああいうことがしたい」という「根幹のヴィジョン」や「強靭な意志」みたいなものがないまま、なんとなく「それっぽいもの」を積み重ねてきてしまったんです。

見かけとしてはビルっぽくなってるけど、芯が通っていないので非常にもろい。……でも、だからこそ逆に破壊しやすい面もある。だったらあえて盛大に破壊して、一番意味のあるものに仕立て上げられればと思いました。

――「こんなことなら、才能なんてなければよかった。ありきたりな人間に生まれればよかった。」というツイートが話題となりました。ぼくりりの核が希薄なところに、「天才」をはじめとした他者からのイメージが入ってきたのが許せなかったという面も?

ぼくりりさん

いや、あのツイートは、完全に「火に注ぐための油」でしかありません。

ぼくのりりっくのぼうよみの「中の人」として、思考の基準が次第にぼくりりに乗っ取られていって、それに病んでしまって……。そこでツイッターを激しく炎上させてたり、ネタでYouTuberになって1日で辞めたりとか、いろんなことをやって、僕自身とぼくりりを切り離す作業が進行してきている感じです。自分のキャパシティを超える罵詈雑言を意図的に受けることで「これは自分じゃない」とようやく思えるようになってきました。

――「思考の基準がぼくりりになる」というのは、具体的にはどういうことでしょうか?

ぼくりりさん

例えば何か買い物をしても「これを買ったことをツイートしたら、買えなかった人たちを嫌な気持ちにさせてしまうのではないか?」とか、どんどん自分で自分を何も言えない状態に追い込んでしまって、めちゃめちゃな状態になったんです。

ゲームに例えると、画面上のマリオを操作するのではなく、マリオそのものとして自分がゲーム世界の中にいるような……。つまり、ぼくりりと自分が一体化している感じなんです。一人称視点だと、クリボーはデカくて怖い。そうなるとジャンプすらできなくなっちゃって、いたずらに怖い上に、簡単にできていたはずのこともクリアできなくなってしまう。精神的な病だと思うんですよね。だから、まず「ぼくりりを切り離さなきゃ」という思いが強かったです。

――その切り離す方法が「ぼくのりりっくのぼうよみ」の破壊であり、そのプロセスのひとつが炎上や悪ふざけだった、と。

ぼくりりさん

あんまり器用じゃないので、必要以上に過激になってしまった部分はあります。けど、「中の人」としては完全に「自分とぼくりりを切り離すためのプロセス」です。最近はつくろわないことで強くなったし、どうでもよくなりました。大事にしていたものでも、手放してみるとたいしてそうでもなかったんだなと気付けました。

理由3:辞めることで恐怖や呪いに打ち勝とうと思った

ぼくのりりっくのぼうよみ

――そして最後の理由とは?

ぼくりりさん

単純に「辞めることのメリットが非常に大きかった」というものですね。

どうしても「辞めることは悪だ」とか「人生はずっと上手くいかないものだ」とか「この先、なんとなく不幸になっていくだろう」という、うっすらとした呪いみたいなものが、ほとんどの日本人の根底に根付いていると思うんです。そしてそれは自分にとっても例外ではなかった。

でも、だからこそ、あえて自分が率先して辞めてみることで、呪縛から解き放たれることができるんじゃないかと思いました。未知のものは怖いけど、そこに突入していかないといつまでも「未知」なので、怖いままなんですよね。

――仕事を辞めたいのに辞められない人の多くは、稼ぎがなくなるという不安もあると思いますが、その辺はいかがでしたか?

ぼくりりさん

「仕事を辞めたいのに辞められない」という人が多いのはわかります。

でも、月20万円とか30万円とかいった人それぞれ最低限必要なお金を、他の仕事をして稼げばいいだけです。そういう具体的な事実がわかっているのに辞めることができないというのは、明らかに「呪い」だし「幻」だと思います。それを壊すには、やっぱり飛び込むしかない。

ただ、自分の場合はアーティストという人前に出る職業なので、ぼくりりを破壊して辞めたほうが明らかに稼げるという事実もありました。僕が辞めると宣言してから初めてぼくりりを知った人はたくさんいますよね。だからそこに関しては、辞める前から明らかにメリットが出ることは見えていました。

――ぼくりりさんにとって、「辞める」とはどういうことですか?

ぼくりりさん

「辞める」って楽しいですよ。明らかに自分のルーティンが変わるし、新しい挑戦へのステップでもあるので。辞めた後のことは辞めた後にしか分かりません。辞めるのは怖いけど、突撃することしかない。そういう「人生どうでもいい力(りょく)」みたいなものは大切だと思います。とりあえずやる、とりあえずそのボタンを押す。そこからではないかと。

――2019年1月末のライブでぼくりりは終幕を迎えます。今後の新しい挑戦として、どんな分野を考えているのでしょうか?

ぼくりりさん

白紙ですね。

ただ、音楽も楽しかったんですけど、音楽って自分しかできないことの極みであって、一般化とは真逆の分野じゃないですか。それとは逆の、メディアやサービスなど、システムを作っていく方向はおもしろそうだなと思っています。具体的に何か計画があるわけじゃないですけど、そういう逆のことをやりたいという思いはありますね。

――最後に、今もなかなか会社を辞められず苦しんでいる人たちにアドバイスがあれば教えてください。

ぼくりりさん

ラストアルバム『没落』に収録されている「人間辞職」という曲は、そういう生きづらさを抱いている人たちに投げた球です。それを聴いてもらえれば、どうでもよくなるんじゃないかなと思います。そうなれば僕も嬉しいですね。

 

ぼくのりりっくのぼうよみ
1998年、神奈川県生まれ。高校3年生だった2015年12月にメジャー・デビュー。言葉を縦横無尽に操る文学性の高いリリックは多方面から注目を集めた。2018年9月、ぼくのりりっくのぼうよみを「辞職」することを宣言し、12月12日にラストオリジナルアルバム『没落』とベストアルバム『人間』を同時リリース。2019年1月29日のラストライブで活動を終了する。

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